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平安時代②

1 平安時代後期(10世紀後半~11世紀後半)

(1)摂関政治の全盛

969年の安和の変で他氏排斥完了後,藤原北家(摂関家)一族内での“氏の長者”争いを展開。最終的に藤原道長・頼通父子が摂関政治の全盛を迎えた(11世紀前半)。

道長は「この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」と詠んだ。

(2)清和源氏の成長

摂関家の侍となった清和源氏は,前九年合戦(1051年~)や後三年合戦(1083年~)を通じ東日本に勢力を伸ばし,源義家のとき全盛を迎えた。

東北地方は,清和源氏の影響の下で岩手県の平泉を中心に奥州藤原氏が勢力を誇った。

(3)寄進地系荘園の発展

地方豪族や有力農民が開発領主として私的な土地経営を始め,不輸・不入の権などを求めて中央の皇族・貴族や寺社に土地を名目上寄進し,荘官となった。

公的な土地である公領も国司により私有化が進んだ。

摂関家は貴族としての公的な収入の他に,寄進地系荘園からの収入も多かった。

(4)国風文化

遣唐使廃止後の摂関政治の下で,中国文化を十分に消化・吸収した日本独自の文化が発展した。

日本の風土・人情・嗜好に合った,柔和で優美な文化。

  • 仏教

    地方政治の乱れなど社会不安の増大や末法思想の流行の中で,念仏「南無阿弥陀仏」を唱え,来世において極楽浄土に往生することを願う浄土信仰がさかんになった。

    藤原頼通は京都の宇治に平等院鳳凰堂を建てた。

  • 建築

    皇族・貴族の邸宅として寝殿造が発達。

  • 彫刻

    平等院鳳凰堂阿弥陀如来像など,阿弥陀像が大量生産される。

  • 絵画

    従来の唐絵に代わり,日本の風景や風俗を主題とする大和絵が発達。

    平安時代末期には絵巻物も登場した。

  • 文芸→仮名文字の普及を背景に国文学が発達。

    『古今和歌集』(醍醐天皇の命で紀貫之らが編纂),『土佐日記』(紀貫之),『枕草子』(清少納言),『竹取物語』『伊勢物語』『源氏物語』(紫式部)など。

  • 衣類

    男性皇族・貴族の正装は束帯,女性皇族・貴族の正装は女房装束〔十二単〕。

2 平安時代末期(11世紀後半~12世紀後半)

(1)院政の開始

11世紀後半に入ったころ,入内した藤原氏の娘に男児が生まれず,血縁関係の薄い後三条天皇が即位し親政をおこなった。続く白河天皇は1086年に譲位して上皇となり,摂関家を抑えて院政を開始した。平安時代末期の白河・鳥羽・後白河上皇の三代・約100年間を院政期という。

三上皇は強い経済力で仏教を手厚く保護し,自らも出家して法皇となった。

(2)桓武平氏の成長

京で強訴をおこなう僧兵を鎮圧し,瀬戸内海の海賊を討伐するなど,白河・鳥羽・後白河三上皇の侍として桓武平氏が西日本に勢力を伸ばした。

(3)平氏政権の確立

弟の後白河天皇が兄の崇徳上皇を破った保元の乱(1156年)で活躍した平清盛は,続く平治の乱(1159年)で源義朝を破り,後白河上皇の近臣として勢力を伸ばした。

その後,摂関家のような外戚政策を展開し,1167年には武家出身者で初の太政大臣となり,一族で高位高官を独占した。

寄進地系荘園を集積し,日宋貿易の莫大な収益も利用して,全盛を迎えた。

一族の繁栄を祈り『平家納経』を広島県の厳島神社に納めている。

(4)源平の争乱(1180年~85年)

独裁的な平氏政権に対し,皇族・貴族や寺社,さらに地方武士からも不満が高まった。1180年,後白河法皇の子以仁王と源頼政が挙兵したことをきっかけに,源頼朝や源義仲〔木曽義仲〕らも挙兵し,源平の争乱が始まった。富士川の戦いに勝利した源頼朝は神奈川県の鎌倉を拠点とし,弟の源義経らを西日本に派遣して,まず源義仲を滅ぼした。その後,一ノ谷の戦い,屋島の戦いに続き,山口県の壇ノ浦の戦いで平氏を滅ぼした(1185年)。

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