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欧米の産業革命

1 産業革命と欧米諸国の発展

(1)産業革命と資本主義社会

  • 産業革命(18世紀後半~)

    17世紀以降,ヨーロッパではインド産の綿布(綿織物)を大量に輸入。貿易赤字解消のため,イギリスは綿布を自国で生産しようとした。そのための紡績機や織機を動かすための動力として,ニューコメンが開発しワットが改良した蒸気機関が用いられた。このように,機械や動力を用いる大規模生産を工場制機械工業〔機械制大工業〕といい,社会や経済が変化したことを産業革命という。

  • 産業革命の進展

    産業革命は18世紀後半のイギリスから始まり,世界各地に広まった。原料の供給地および市場となる植民地を多くもつイギリスは「世界の工場」とよばれた。

  • 資本主義と社会主義

    産業革命による機械化の中で,工場や機械をもつ資本家(有産階級)と,そこで賃金を得て働く労働者(無産階級)が中心となる,資本主義社会が広がる。

    • 社会問題の発生

      資本家と労働者の貧富の差は拡大。資本家は利益を増やし,工場を拡大。農村から労働者を都市によんだ。一方,労働者は厳しい労働条件で働かされ,都市に労働者があふれ,公衆衛生も悪化。状況の改善を求め,労働者は労働組合を結成。

    • 社会主義の誕生

      ドイツのマルクスやエンゲルスは,自由競争の資本主義を批判して社会主義を唱え,平等な社会を追求した。

(2)欧米諸国の発展と南北戦争

  • イギリス

    選挙法の改正により,19世紀後半までに資本家・労働者が参政権を獲得。保守党・自由党の二大政党政治が発達した。

  • ドイツ

    ヴィルヘルムⅠ世の下で「鉄血宰相」とよばれたビスマルクが軍事力を強め,1871年にはドイツ帝国を建国。

  • アメリカ南北戦争(1861年~65年)

    アメリカでは大農場中心の南部と工業が発達した北部が,奴隷制などをめぐって対立。1861年に南北戦争が始まる。1863年,大統領リンカンが奴隷解放宣言を出し,1865年に北部の勝利で戦争は終結。戦争後,大陸横断鉄道の開通や西部の開拓などにより,アメリカは資本主義の大国として発展。

2 ヨーロッパのアジア侵略

(1)イギリスのアジア貿易とアヘン戦争

イギリスは中国の清から茶や絹を輸入。一方,清は鎖国により貿易を制限していたため,イギリスからの輸出は伸びず,代金として銀が流出。

  • イギリスの三角貿易

    清への銀の流出を防ぐため,イギリスは綿織物をインドに輸出,インドにアヘンをつくらせて清に輸出,清からインド経由で銀をイギリスに輸出させた。

  • アヘン戦争(1840年~42年)
    • アヘン戦争の開始(1840年)

      アヘンを没収,輸入を禁止した清に対し,イギリスは艦隊を派遣して降伏させた。

    • 南京条約(1842年)

      イギリスは清に南京など5港の開港,香港の割譲,多額の賠償金を認めさせ,翌年には清に領事裁判権を認め,関税自主権を認めない条約を結ばせた。

      これ以降,清は欧米諸国の侵略が進み,半植民地化が進んでいった。

  • 太平天国の乱(1851年~64年)

    アヘン戦争後,清は賠償金の支払いのため人々に重税を課したため,漢民族の洪秀全が1851年に太平天国を南京に建国。清に対抗したが1864年に滅亡。

(2)インドの植民地化

インドではイスラーム教徒がムガル帝国を建国。綿布〔綿織物〕の生産で栄えた。

  • イギリスのインド進出

    1600年に東インド会社が設立しており,ムガル帝国の弱体化に乗じてインド進出を強めた。さらに19世紀になるとイギリスから綿織物が大量に流入。インドの綿産業は衰え,イギリスへの不満が高まった。

  • インド大反乱(1857年~59年)

    セポイ〔シーパーヒー〕とよばれるインド兵の反乱をきっかけに,反イギリス運動がインド全土に広がる。

  • インド大反乱の結果

    大反乱を鎮圧したイギリスはムガル帝国を滅ぼし,イギリスの国王がインドの皇帝を兼ねるインド帝国を建国した。

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