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明治時代⑥

1 日本の産業革命

(1)日本の産業革命

殖産興業政策により明治政府が所有していた官営工場は,政府の財政難などもあり,軍事工場以外の官営工場を民間に安く払い下げ,民間産業の育成を図った。

  • 軽工業の発達

    1880年代~90年代には,せんい工業などの軽工業で産業革命が進んだ。とくに紡績業では大工場がつくられ,1897年には綿糸の輸出量が輸入量を上回り,中国・朝鮮への輸出が増大した。一方で製糸業は中小の工場が多く残っていたが,アメリカ向けの輸出が伸び,日露戦争後には世界最大の生糸輸出国となった。

  • 重工業の発達

    日清・日露戦争後,重工業でも産業革命が始まった。

    • 日清戦争の賠償金をもとに,福岡県に官営八幡製鉄所を建設(1897年)。1901年から操業開始,軍備増強を支え,重工業発展の基礎となった。
    • 機械の動力として蒸気力だけでなく電力が使われるようになる。
  • 交通の発達

    鉄道では1889年に東京~神戸間の東海道線が全通。さらに民間でも日本鉄道を青森まで開通させるなど,官営より民間鉄道が多かったが,経済的・軍事的事情から,1906年におもな民間鉄道を国有化した(鉄道国有法)。

  • 資本主義の発達

    産業革命の進行により資本家と労働者が発生し,資本主義が発達。政府と結びつき,工場の払い下げを受けた一部の資本家(政商)が,金融業を中心に多くの企業を経営して財閥となった。

    財閥の中でも,三井・三菱・住友・安田を四大財閥という。

  • 社会問題の発生
    • 紡績業や製糸業の工場では結核など呼吸器系の病気になる労働者が増えた。
    • 足尾銅山(栃木県)から渡良瀬川に流れ込んだ鉱毒が流域に被害を与える足尾銅山鉱毒事件が発生。衆議院議員田中正造が,鉱山の稼働停止と被害者救済を求め議員を辞職して明治天皇に直訴する事態に発展した。

(2)社会運動

  • 労働運動の発生

    資本主義が発達する中で,労働者は低賃金・長時間労働を強制させられ,とくに紡績業・製糸業では女性労働者(女工・工女)が厳しい労働条件で働かされていた。こうした中で労働者は団結して労働組合を結成,労働条件の改善を求め会社側と労働争議をおこなった。

  • 農民運動の発生

    資本主義の発達や地租の金納など,農村にも現金が必要になり,没落して小作人となる農民が増加。一方地主は土地を増やし,小作人からの小作料だけで生活する寄生地主が増えるなど,農村内での貧富の差が拡大。地主と小作人が争う小作争議が各地で頻発した。

  • 社会主義運動

    労働運動・農民運動の基礎として,1890年代以降,社会主義思想が広がった。これを恐れた明治政府は社会主義を弾圧し,1910年には大逆事件が発生。翌年,幸徳秋水ら社会主義者が処刑された。

2 近代文化の形成

(1)近代の芸術

  • 日本画の復興

    文明開化の流れの中で西洋の芸術が広まる一方,アメリカ人フェノロサと弟子の岡倉天心は日本画の復興に努力し,東京美術学校を設立した。当時の代表的画家として,狩野芳崖,橋本雅邦や,東京美術学校出身の横山大観らがいる。

  • 洋画の発展

    フランスに留学した黒田清輝が印象派の明るい画風を紹介,『湖畔』『読書』などの作品を残した。

    その他にイタリアの影響が強い『収穫』の浅井忠らも有名。

  • 近代彫刻

    伝統的な木彫り彫刻に西洋の技法を取り入れた高村光雲が『老猿』などを残し,洋風彫刻では『女』の荻原守衛が活躍した。

  • 音楽

    洋楽が普及し,東京音楽学校出身の滝廉太郎は『荒城の月』や『花』などを作曲した。

(2)近代文学

  • 写実主義

    坪内逍遙が評論『小説神髄』で,ありのままを表現すべきという写実主義を説き,その影響を受けた二葉亭四迷は,小説『浮雲』であ文章を口語体で表す言文一致を主張した。

  • ロマン主義

    日清戦争のころにおこった文学。自らの理想を文学の中で表現しようとした。島崎藤村の詩集『若菜集』や与謝野晶子の歌集『みだれ髪』,樋口一葉の小説『にごりえ』『たけくらべ』などがある。

  • 自然主義

    日露戦争のころにおこった文学。人間や社会の醜い部分もあえて表そうとした。田山花袋や国木田独歩,島崎藤村(ロマン主義から変更)など。

  • その他の文学

    当初,森鷗外は『舞姫』などのロマン主義作品を著し,のちに歴史小説へ転向した。独自路線を進む夏目漱石は,『吾輩は猫である』や『坊っちゃん』『こころ』などを残した。また,正岡子規が俳句・短歌の革新運動をおこなった。

(3)教育の普及と学問の発達

  • 義務教育の普及

    1886年に各種の学校令を出し,いったん義務教育を4年(のち6年)とした。低かった就学率も日露戦争後には97%に達し,国定教科書を用いた教育がおこなわれた。

  • 高等教育

    帝国大学以外にも実業学校や専門学校などの学校制度が整えられ,女子の教育もおこなわれた。また,私立でも福沢諭吉の慶應義塾(のちの慶應義塾大学),新島襄の同志社英学校(のちの同志社大学),大隈重信の東京専門学校(のちの早稲田大学),津田梅子の女子英学塾(のちの津田塾大学)などが創設された。

  • 科学の発達
    • 医学では北里柴三郎(破傷風の研究・ペスト菌の発見)や志賀潔(赤痢菌の発見),野口英世(のちに黄熱病を研究)が世界的にも活躍。
    • 化学では高峰譲吉(消化酵素ジアスターゼの研究)や鈴木梅太郎(ビタミンBの創製)らが研究した。
    • その他,地震計を開発した大森房吉や,原子模型を研究した長岡半太郎などが世界的な業績を残した。

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