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昭和時代中期・後期③

1 緊張緩和と日本外交

(1)緊張緩和の進展

1950年代半ばになり,米ソ対立を中心とした冷戦の緊張は徐々に緩和。1955年にアジア・アフリカ諸国がインドネシアのバンドンでアジア・アフリカ会議〔バンドン会議〕を開き,平和共存などを訴えた平和十原則を宣言,東西勢力の冷戦に巻き込まれない第三世界として台頭した。

  • キューバ危機(1962年)

    アメリカ合衆国の南方で,カストロらの革命により成立した社会主義国キューバに,ソ連が核ミサイル基地を建設しようとしたことから,米ソの核戦争の危機が高まった。アメリカのケネディ大統領とソ連のフルシチョフ第一書記の話し合いにより危機は収まり,これ以降,世界的な核兵器の抑制の動きが本格化した。

  • 西ヨーロッパの動き

    1967年にヨーロッパ共同体〔EC〕を結成し,経済統合を進めて米ソに対抗する勢力となり,東ヨーロッパとの関係改善も進めた。

  • ベトナム戦争

    アメリカが建国した南ベトナムと,ソ連などの支援を受けた北ベトナムおよび南ベトナム解放民族戦線の内戦にアメリカが直接介入。1965年に北ベトナムの爆撃(北爆)を開始して本格化したが,アメリカ国内や日本でも反戦運動が起き,1973年にアメリカ軍が敗れ撤退。のちに南北ベトナムは統一され,ベトナム社会主義共和国がつくられた。

(2)日本の外交

  • ソ連との国交回復

    1956年,鳩山一郎内閣は日ソ共同宣言に調印して国交を回復したが,北方領土問題についてはまだ解決していない。日ソ国交回復により日本は国際連合への加盟を認められた。

  • 朝鮮半島との国交

    1965年,佐藤栄作内閣は韓国の朴正煕大統領と日韓基本条約を結び,韓国を朝鮮半島における唯一の合法的政府として認め,国交を開いた。一方で北朝鮮とは1991年から国交正常化交渉が始まったが,日本人の拉致問題などもあり進展していない。

  • 中国との国交

    独立後,日本は資本主義の中華民国(台湾)と国交を結んだが,社会主義国家の中華人民共和国との関係は改善しなかった。1972年,田中角栄内閣は中国と日中共同声明を出し,国交を正常化して台湾と断交した(経済的なつながりは残る)。さらに1978年には,福田赳夫内閣が日中平和友好条約を結んだ。

  • 沖縄の日本復帰

    サンフランシスコ平和条約以後,沖縄の日本復帰運動は続き,ベトナム戦争が落ち着いた1972年に沖縄の日本復帰が実現したが,島内には多くの米軍基地が残っている。

    奄美群島は1953年に返還されていた。

    返還交渉の過程で「核兵器を持たず・つくらず・持ち込ませず」の非核三原則が日本の基本方針となり,1968年には小笠原諸島が返還された。

2 高度経済成長

(1)高度経済成長(1955年~73年)

  • 高度経済成長政策

    1950年からの特需景気などにより,50年代半ばには,日本経済は戦前の水準を回復。55年からの神武景気,58年からの岩戸景気を経て,1960年には池田勇人内閣が国民の「所得倍増」を掲げて高度経済成長政策を進めた。

  • エネルギー政策の転換と重化学工業の発達
    • 1960年前後,エネルギー資源の主役が石炭から石油に転換し(エネルギー革命),海外から原油を運ぶタンカーを着けやすい太平洋沿岸に石油化学コンビナートや製鉄所がつくられる一方,国内各地にあった炭鉱は閉山されていった。
    • 技術革新が急速に進み,鉄鋼・自動車・化学工業などが著しく発展した。
    • 経済発展の中で,貿易も次第に自由化されて伸び続け,1968年には日本の国民総生産(GNP)が,資本主義国の中ではアメリカに次いで第2位となった。

(2)国民生活の変化と公害

  • 国民生活の変化
    • 高度経済成長が進み,1950年代後半に“三種の神器”とよばれた白黒テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫などの家庭電化製品や,60年代後半には“3C〔新三種の神器〕”とよばれた自動車〔カー〕・クーラー・カラーテレビが普及した。
    • 1960年代には高速道路や新幹線が開通し,1964年の東京オリンピック(夏季)や1970年の大阪万国博覧会,1972年の札幌オリンピック(冬季)などは,日本の高度経済成長を世界に示す契機となった。
  • 経済大国への道

    1973年に発生した第四次中東戦争で,石油輸出国機構(OPEC)が西側陣営への原油価格を大幅に引き上げ,石油危機(オイルショック)が起こった。輸出の拡大や減量経営,省エネなどで乗り切ったものの,これにより高度経済成長は終わり,安定成長〔低成長〕の時代を迎えた。

  • 公害問題の発生
    • 経済成長を優先させてきた中で,太平洋ベルト地帯の三大都市圏への人口集中が進み,住宅不足や交通渋滞などの問題が発生した。また,都市の過密・地方の過疎の人口格差が問題となった。
    • 大気汚染・土壌汚染・水質汚濁・地盤沈下・騒音・振動・悪臭などの公害が発生。とくに水俣病(熊本県)・イタイイタイ病(富山県)・第二水俣病(新潟県)・四日市ぜんそく(三重県)は四大公害とよばれ,裁判ではすべて患者側が勝利した。
    • 1967年に公害対策基本法が制定され,1971年には環境庁(2001年に環境省に昇格)が設置された。

      現在,公害対策基本法はなく,1993年に環境基本法へと発展。

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