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歴史上のあの事件を超簡単新訳【世界史編】

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歴史上のあの事件を超簡単新訳【世界史編】

みなさんの子どもが「世界史は意味不明なカタカナばっかで覚えにくい!」と愚痴りはじめたら、迷わずこう説いてあげてください。

「覚えるんじゃないの、感じるのよ、地球のロマンを」と。

そう、覚えにくいと言ってしまっている時点で、まだ “歴史”の素晴らしきエンターテインメント性に気付けていないのです。

ただ、いかんせん、教科書や参考書に載っている“歴史”の出来事は、お堅い文章で超真面目に綴られているため、眠くなってしまうこともありますよね。そしてそれを無理やり暗記しようとするから、“歴史”が好きではなくなってしまうのです。

ということで、今回は世界史に登場する出来事について、超簡単かつわかりやすくご説明します!

憂鬱の朕(ちん)【秦の中国統一】(紀元前778年〜紀元前206年)

しっちゃかめっちゃかに国が乱立していた中国大陸において、秦という国が紀元前700年代から約500年かけて、紀元前221年にとうとう夢の中国統一に成功!…するも、その十数年後にあっさり秦王朝は倒されちゃいましたよ、というお話。

中国の天子(国王の別号)が自らを“朕(ちん)”と呼ぶようになったのは統一後の“始皇帝”からだったそうですから、「苦しゅうない、苦しゅうない、朕は苦しゅうないぞ」と得意満面な顔で言っていただろうことは想像に難くないのです。

また、北方民族の侵攻を防ぐべく、「朕の王国のために万里の長城を作りましょう!」とノリノリ命じただろうことも想像に難くないのです。

だがしかし!紀元前210年に初代“朕”こと始皇帝が亡くなると、中国初の農民による反乱である「陳勝・呉広の乱」が勃発!それからというもの、農民たちによる反乱が各地で起こるようになったんです。

そして紀元前206年、力をつけた劉邦に攻め入られ秦はあっけなく消滅。全国統一に長い年月を要したにもかかわらず、十数年足らずで王朝は打ち倒されたのでした。

…始皇帝はあの世で「誰!?今、朕のこと一発屋って言ったの!?」と不満をぶちまけていたかもしれませんが、安心してください。

日本には、せっかく信長を倒したのにすぐに秀吉に討たれたことで、“三日天下”なる異名を持つ明智光秀という武将がいますからね。(あと日本で初めて本当に天下統一をしたのは秀吉で、実際問題、光秀は天下取ってませんしね)

「マリーとパン騒動」の巻【フランス革命】(1789年〜1799年)

フランス革命――それは贅の限りを尽くす王族や貴族に飢え死にしそうな平民たちが切れまくって勝利したお話です。

当時のフランスは国民の身分が最上級国民(聖職者)・上級国民(貴族)・一般国民(平民)の3つに分かれていました。飢饉が起きてパンの価格が高騰したとき、もちろんそのしわ寄せの多くは平民に来ていたわけですが、時の王、ルイ16世の妃であるマリー・アントワネットはこう言い切りました。

「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」
(※このセリフをマリー・アントワネットが言っていたという記録は見つかっていませんが、一般的に彼女の言葉として知られています)

激怒した平民たちは国民議会を立ち上げ、「おかしいですよ!」と訴えます。それから平民がバスティーユ牢獄を陥落させたり、人権宣言をしたりとすったもんだがあった後、武装蜂起した女性たちが「いいからパンよこしなさいよ!」とヴェルサイユ宮殿に向けデモ行進。

それからデモに屈したルイ16世が人権宣言を承諾したり、亡命しようとして捕まったり、オーストリアとプロイセンが茶々入れてきたりして、さらにフランス王権が廃止されてルイ16世が処刑されたり、新生フランス政権が誕生したり…と、ともかくいろいろあった後、最終的に英雄・ナポレオンが満を持して登場!

ナポレオンの起こしたブリューメルのクーデターによって執政政府が立ち上げられ…とうとうフランス革命、終了!

余談ですが、マリー・アントワネットはルイ16世らと一緒に塔に幽閉されて最後は処刑されてしまいますが、塔内では家族でチェスや楽器の演奏を楽しんだり、そこそこ豪華なディナーに舌鼓を打ったり、和気あいあいと子どもに勉強を教えたりと、割と幽閉中も優雅に過ごしていたそうです(笑)。

ボストンでティー・パーティー!?【アメリカ独立戦争】(1775年〜1783年)

アメリカ独立戦争をスーパー簡単に言うと、イギリスに虐げられていたアメリカがブチ切れた、というお話。

イギリスに植民地支配されていたアメリカが、「また課税?もういい加減にしてくれ!」と堪忍袋の緒が切れたのがきっかけ。7年戦争によって財政難に陥っていたイギリスが、何とかお金を集めようと国会審議もせずに勝手に租税法を次々に成立させていったため、「代表なくして課税なし」などとアメリカから不満が噴出したわけですね。

そしてとうとうあの事件が勃発!そう、ボストン・ティー・パーティー!

和名は「ボストン茶会事件」(1773年)と言いまして、イギリスの横暴さに怒ったアメリカ人が、ボストン港に着港した東インド会社の船を襲撃!「ボストン港をティー・ポットにしてやる!」などと叫びながら、342箱もの茶箱を海に投げ捨てたという事件です!

そうして代表となったワシントンを中心に、イギリスに独立戦争を仕掛けるわけですね、はい。当初の戦況はイギリス優位でしたが、途中からフランスやスペインやオランダが「イギリスって最近調子乗ってるからこらしめよう!」という考えのもとアメリカ側を援助してくれて形勢逆転! ついにヨークタウンの戦いでアメリカが勝利し、パリ条約によってアメリカ合衆国の建国が認められたのでした。

ぜひ現代劇風超簡単新訳バージョンで!

いかがでしたか?ケーキの話とかティーパーティーの話とか、世界史ってけっこう女子力高めなワードが多いんですよ♪

もしお子さんが歴史の勉強につまずいたら、今回紹介したように現代劇風超簡単新訳バージョンで説明してあげると、冒険譚好きの男子も、ガールズトーク好きの女子も、夢中になってくれるかもしれませんよ♪

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