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地頭よすぎ♪策士すぎ♪ピンチを切り抜けた【武人たちの奇策】5選

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地頭よすぎ♪策士すぎ♪ピンチを切り抜けた【武人たちの奇策】5選

勉強において、大事なのは自分に合ったやり方を見つけること。ですが、時には今までのやり方を疑って新たな勉強方法を模索することも大切なことかも…!?

そんな時、これまでうまくやれていたんだからと現状を維持するのか、より自分に合った方法を探すべく違う方法にトライしてみるのかは大いに悩むところ。

――さて、歴史上の人物であっても、そういった新しい方法とこれまでに成功してきた方法のどちらを取るかで苦悩していた人が多いようです。

ですが、中には変化を恐れず柔軟な発想で策を練った結果、自分たちに優位な状況を作り出すことに成功した偉人たちも!彼らは常識にとらわれず、常識を逆手にとって敵を策にはめていったわけですね。

今回はそんな常識では考えられない“奇策”を講じて敵に相対した偉人たちをご紹介しましょう!!

凡人には思いつかない“斜め上”の発想!

【諸葛亮】1夜で10万本もの矢を調達!

後漢末期、中国では魏呉蜀の3国が中国の統一をめぐって戦いを繰り広げていました。はい、三国志の時代ですね。

さて、その中でも曹操率いる魏軍の勢力が頭一つ抜けた状態で、このままでは魏に滅ぼされてしまうと考えた蜀と呉が同盟を結び、長江の赤壁で魏軍と衝突。

強大な武力を持って襲いかかる魏軍を前に、呉蜀の軍師がどう戦うのか会議をしていると、呉軍の軍師・周瑜が蜀軍の軍師・諸葛亮に「今、うちら武器が不足しているんだよね。10万本ぐらい矢を用意してくれるなら戦えるんだけどなぁ…。あ、期限は10日で」ど難題をふっかけます。

現代社会にもありますよね。突然無茶ぶりしてくる取引先…そんな感じだと思ってください(笑)!

同盟を結んでいると言っても、この戦いの後は敵同士になると分かっているため、名軍師と恐れられていた諸葛亮をどうにかして排除しておきたかったんでしょう。ですが諸葛亮はこの挑発にあえて乗り「いやいや。10日もかけたら魏軍が攻めてきちゃうんで、3日もあれば大丈夫ですよ」と自分でハードルを上げてしまいます。はじめから無理だと分かっていた周瑜は「これで諸葛亮を亡きものにできる!」と大喜び。

その後、諸葛亮はすぐさま準備に取り掛かる…かと思いきや、なんと2日の間動こうとはしませんでした。

ど、どーしちゃったんだ諸葛亮、あきらめちゃったのか諸葛亮!?

そんなわけありません♪

周瑜の期待が膨らむ中、迎えた期限の夜、諸葛亮は小舟に藁の人形を立て、曹操軍の陣へ向かわせます。その夜は霧が濃かったため、曹操は船を出すことを禁じて遠くから矢で攻撃せよと命令を下しました。

はい、いよいよ奇策のタネ明かしです!!

諸葛亮が岸に戻した小舟には、何と10万本以上の矢が刺さっていたため、難なく10万本の矢を調達してしまったわけですね。

「自軍にないのなら敵から貰ってしまえばいい」という発想がまず地頭よすぎ!

でもって全く犠牲を出さずに敵から入手する方法をサクッと考えてしまうのも地頭よすぎ!!

その後はもちろん、大量の武器を得た呉蜀連合は赤壁にて曹操を撃退!奇跡の1戦として今日まで語り継がれることになるのでした。

【韓信】“背水の陣”の語源はここから!

紀元前200年頃の中国では秦王朝が滅亡し、西楚の項羽と漢の劉邦が政権を巡って争っていました。そんな中、韓信率いる漢軍と趙軍が衝突した井陘の戦いでは思いもしない奇策によって漢軍が勝利をおさめたのです!

その奇策というのが…そう、今でもよく使われる言葉の語源ともなった“背水の陣”!

当時、韓信軍は劉邦軍の救援のために兵力の多くを援軍として向かわせていたため、韓信陣営には3万程度しか兵が残っていませんでした。趙軍はその隙を上手く突いて攻めてきたわけですね。

韓信軍3万に対して、趙軍は20万。普通に考えれば趙軍の勝利は揺るぎ無く、戦いは一瞬で終わるかと思えました。

が、趙軍の大将・陳余は稀に見る口だけ番長。軍師の意見を聞き入れずに「あんなに少ない兵ごとき、策なんか練らずに蹴散らしてくれるわ!」と豪語して正面突破を図ります。

そこで韓信は相手の驕りを突き、川を背にして陣を敷くのです!!

兵法では陣は山を背に、川を目前に敷くのが一般的とされていたため、陳余は「あいつら兵法も知らないのかよ!ばーかばーか!」と安易に突っ込んできちゃう、と(笑)。

――逃げ場をなくした人間は必死になって戦うもの。

韓信軍の発揮した火事場の馬鹿力を前に趙軍は手こずり、やむなく本陣への一時撤退を決めます。しかし、城の近くまで戻ってみると、そこには大量の漢軍の旗が。なんと本陣は漢軍の別働隊によって既に落とされてしまっていたんです!

かくして20万の兵をもって大敗を喫した陳余は特に目立った功績も残せずに処刑され、後世に反面教師として伝えられていきました。ちなみに、「敗軍の将、兵を語らず」という名言はこの時、趙軍の軍師だった李左車が残した言葉です。器が違いますな!

【ネフメト2世】70もの艦隊が山越え!?

1453年、東ローマの首都コンスタンティノープルがオスマン帝国のネフメト2世の手によって陥落し、東ローマ帝国が滅ぼされました。当時、東ローマとオスマン帝国は、表面上は平和的な関係でしたが、ネフメト2世はこの関係を破って領土を拡大しようと首都へ攻め入ります!

オスマン軍は最新鋭の大砲を戦艦に積んで陸と海から包囲して攻撃を仕掛けますが、堅牢な城壁に守られたコンスタンティノープルに決定打を与えることができず、金角湾内に侵入しようとするも東ローマ側が金角湾の入り口に渡した鎖によって阻まれ、なかなか攻め入ることができませんでした。

この膠着状態を打破すべくネフメト2世が考案した奇策!それは…!

まず、金角湾北側の陸地に油を塗った木を並べ、道を作る!そして…その道の上に艦隊を通して山を越えさせる!!

船が山を越える!比喩表現ではなく、ガチで山越え!

通称「オスマン艦隊の山越え」と呼ばれる奇策は東ローマ軍の意表を突き、70隻もの艦隊を金角湾内に移動させることに成功したのです!

これによって相手の補給路を断ち、士気を下げることができたオスマン軍はその後の戦いを有利に進め、1000年の歴史を持つ東ローマ帝国の歴史に終止符を打ちましたとさ。

【羽柴秀吉&黒田官兵衛】農民買収で堤防築いて水バシャー!

戦国時代の日本。織田信長の家臣・羽柴秀吉(豊臣秀吉)が中国攻めの命を受け、毛利家配下の将清水宗治が守る備中高松城の攻略を企みます。

はじめこそ周囲の小城を次々と落としていった羽柴軍ですが、高松城は沼や堀に守られた強固な城だったため、秀吉は思いの外苦戦を強いられることに…。

上司である信長から「1日も早く城を落とせ!」とプレッシャーを掛けられていた秀吉、軍師の黒田官兵衛に相談して策を授かります。

その策とは…「水攻め」!

まず、秀吉は近くに住む農民を金品や食物で買収し、城の周りに全長4km、高さ8mの堤防を作らせます。これによって川の水がせき止められ、ちょうど梅雨の時期だったこともあり高松城はあっという間に水没。

想像の斜め上をいくまさかの「水攻め」を受け、清水宗治は毛利に援軍を要請しますが、時すでに遅し…毛利軍が到着した頃にはすでに城は孤島状態になってしまっていたそうですよ!

【成田長親】水攻めを田楽踊りで打ち破る!?

天下統一を目前にした豊臣秀吉は残存する対抗勢力の北条・上杉軍を下すために小田原征伐へと向かいます。その時、北条軍の中で唯一最後まで落とされなかった伝説の城が、成田長親が治めていた忍城。

そう、映画「のぼうの城」の舞台となった場所ですよ!

この戦いで豊臣軍の総大将だったのが石田三成。彼は秀吉が備中高松城攻めで見せた水攻めに倣って忍城を陥そうと画策します。そして三成は秀吉と全く同じ手法で近隣の農民を味方に付けて全長28kmの堤防を作らせ、利根川を氾濫させて水攻めを開始するのです。

ところが、なぜか本丸だけが沈まないという事態が発生。三成はどうしたものかと仲間の将に意見を募りますが、その後の豪雨によって本丸が沈みそうになると一安心。

そんな時!成田軍大将の長親が小舟に乗って堤のそばまで来て、なんと豊臣軍に向けて「あ、そーれ!」と田楽踊りを披露し始めたんです!

え、どうしちゃったの?テンパりすぎておかしくなっちゃったの?ヤケクソなの?

いえいえ、違います!奇策です!!

何と、踊っている長親を見て楽しくなった豊臣側の農民は成田軍に寝返り堤防を破壊!

そう、おちゃめな踊りで農民心をくすぐったのです!農民心、わかってるぅ♪

でもって、中の水が一気に外に噴き出して豊臣軍に大きな被害が!

その後、水攻めが破られた三成は正攻法で城を落とそうとしますが、沼地化した地面に足を取られるなどしてなかなか攻められず、そうこうしているうちに豊臣本軍が小田原城を攻略。忍城が落城する前に戦いが終結するのでした。

ただ、この話は映画でも描かれましたが、実際に成田長親が田楽踊りを踊って水攻めを破ったかは記録が少なく不明なんだそうです。

しかし、忍城が小田原征伐で豊臣軍が唯一落とせなかった城というのは事実。弱小だった成田軍が強大な豊臣軍に一矢報いたというのは気持ちがいいですよね!!

基礎ができてこそ自由な発想が生きる!

どれも常人には考え付かない見事な策ですね。また、奇策を口だけで終わらせずに成功させてしまったというのもとんでもないことだと思いませんか?

ただ、気を付けなければいけないのは、奇策が奇策として成り立つのは正攻法を正しく理解しているという土台があってこそ!!

理解しているからこそ穴に気付くことができるというわけですね。自由な発想も大事ですが、あくまでベースができてからということをお忘れなく!

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